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「・・・少なくともあんまり良いニュースじゃなさそうだね、出雲。コーヒーとその話とどっちからにしようか」
キストは振り返りもせず俺の名前を呼び、するりとその台詞を吐いた。彼女の指先は踊るようにキーボードの上を駆け回り、飛び跳ねる。リズミカルに音が響いて心地よかった。
だけど俺の気分はといえば、陰鬱そのものだ。
「先にコーヒー、頼むわ」
「はいはい」
ぴたり、とキータッチが止む。画面には随分と沢山の文字が表示されているけれど、この距離からでは読めない。多分、どこかの機関の、内部資料。でなければあいつが今までに調べ上げたことを洗いなおしている。そのどちらかだろうと推測された。
しばらくしてキストはふたつのマグカップを手に戻ってくる。どちらも真っ白で汚れ一つなく、彼女は左手にもっていたほうのカップを俺の前のテーブルに置いた。自分はその向かいのソファに腰をおろし、冷まそうともせずにカップに口を付ける。俺はミルクと砂糖がきちんと入っていることを確認してから、マグカップをとった。
「で、今日は何の用事?」
歌うようにご機嫌な声でキストは言う。俺は気だるげに、口を開く。
「真暗・・・音無真暗、聞いた事あるやろ?」
「ああ・・・世界中を壊しまくって、破壊の限りを極め、向こう側に追放された・・・とか、いうあの人だっけ」
「そう。そいつや」
俺はついさっき、数時間前に起きたばかりのことを回想しながら、まだそのことを信じきれずにいた。いや俺は仮にも情報屋なのだから一個の事実に傾倒するわけにはいかないので間違ってはいないのだけれど、でも、あれは客観的なリアルで・・・現実だった。だからこそ、信じる事ができない。
「あいつが、今、こちら側におる」
呟くようにいう。キストが停止し、ぎこちなく呼吸を再開し、見開いた目のまま繰り返した。
「・・・音無真暗が、今、こちら側に・・・だって?出雲趣味が悪いよ、だってそんな・・・もしそれが本当なら」
「俺たちが今こうやってのんびりコーヒーなんか啜れるわけがない」
「そう・・・そうだよ。そのとおりだろ、なのに」
キストは思い切り手加減なく嫌そうな顔で俺の台詞を否定しにかかった。それも当然だ、音無真暗といえば当事・・・約35年ほど前、この世界において破壊の限りを尽くし暴力の限りを尽くし堕落の限りを極めた・・・悪夢の象徴とでもいうべき存在なのだから。
だけど確かに音無真暗は今こちら側にいる。
だけどこちら側に、被害はまだ出ていない。
それは、
「音無真暗は、記憶を失くしとる」
もっと綿密にいえば、それは記憶喪失ではなく人格交代だけど。
「・・・記憶喪失、・・・?音無、真暗、が?」
彼女は動揺を隠さない。
「つーか、正確に言うと人格交代やねんけど。俺もさっき会ってきた・・・全然喋らへんけど、普通のちっさい女の子になってしもうとったわ」
思い出しながら言ってみる。
キストは憂鬱そうにため息をついて立ち上がり、パソコンの前に座りなおした。
くるり、椅子を回転させ、こちらを向く。
「・・・で、出雲は、その原因を・・・音無真暗が記憶を失くし人格を失ってしまった原因を・・・あたしに調べてほしいって、そういうわけだ」
「話が早くて助かるわ。キスト」
べつに、とキストは言った。
俺たちの会話はそこで途切れた。
